きままなアラカルト

新しい恋に会いに行こう

Sexy Zone LIVE TOUR 2019 PAGES 札幌公演

札幌は特別な公演になった。
私生活で色々あって私の気持ちが忙しかったことも大きくて、すごく心に響いた。


ご当地ラップこと「忘れられない恋~北海道・札幌編~」も秀逸で・・・いや、菊池風磨ずるいよこれは・・・!と頭を抱えた。メロった。
ノルベサの観覧車に乗ったりHILOSHI前に行って余韻に浸ってしまうくらいには興奮が冷めやらなかった。


菊池担当からすると、菊池風磨と書いて夏の恋の代名詞だし、全部君のせいだ。という気持ちが増していく今回のツアーだけど、PAGESコンサートを見てきたなかで気づいたことが風磨くんって黄昏が似合う子だということ。
そして『Cocoa』の風磨くんは子どもみたいに見えたこと。
映像の効果もあるけれど、『Cocoa』を歌っている風磨くんは子どもだった頃の風磨くんが透けて見えるようだし、黄昏時にだけ会える幼い風磨くんの幻を見ているような時間が流れていた。
心地良い夢の中、まどろんでいるかのように今の自分視点の感傷旅行をして、世界全てが魔法に満ちて、初めて触れるもので輝いて見えていた幼い風磨くんを取り出しているみたいだった。

そもそも黄昏って<誰そ彼>が語源で、うす暗くなり相手が誰なのかわからなくなる時間帯であり、<逢魔時>という魔物が出てくる時間帯だったりするわけだから、幼い頃の自分との再会、そんな不思議があってもいいよね、なんて。


「永遠に生きるつもりで夢を抱き、今日死ぬつもりで生きろ」が風磨くんの座右の銘であるように、今を後悔なく生きることを実践して、今を大切にできるからこそ今の連続の過去だって愛せるし、今と過去の連続性が強固だから記憶の中を旅して当時に戻ることだってできるんだろうな。
サマパラでも思ったけれど、時間を巻き戻すこと、時間を操ることは風磨くんの得意技だ。
戻れない、戻ったところで意味を為さないとわかったうえで、今視点だからこそ美しい過去に戻る今を生きる菊池風磨くんって切なくてロマンチストでドリーマーで、パラドックスが起きている不完全で愛すべき人だなって歌う風磨くんを見ていると感じる。


Cocoa』を歌い終わると消えてしまうのは子どもの頃の菊池風磨かな。
そして残るのは大人になった今の菊池風磨なのかな。
なんて考えていると、私たちは他者を認識する時、今ある姿という断片を見て個人を認識しているけど、その人の生まれてから今までの積み重ねは当然のことのように見落としてしまっていることを思い返した。


そんな『Cocoa』って菊池風磨自身を歌っているように聞き取れるけれど、「いつかの夢に描いたような“今”になれていますか? 」は、客席に視線を落とすように、客席に手を向けて歌っていて、自分自身に言ってるのと同時に私たちにも聞いているんだと思うと、この曲は自分の過去を見つめ直しているだけの<閉じた曲>ではなく<開いた曲>なんだと知って驚いた。
コンサートなんだし人に聴かせるために歌っているのは当然だけど、なぜだかびっくりしてしまった。
そして繋がりを求めるところは風磨くんの可愛いところだし、斜に構えていると言うけれど、『20-Tw/Nty-』しかり、心の中に居る素直な自分に従ってストレートに気持ちを歌えることは風磨くんの良いところだし、温かい気持ちにさせてくれる。


こんな風にあれこれと感じられた日は私の気持ちも開いていたのだと思う。
毎回気持ちを開いて聴くことができたらいいけど、受け手である私の体調や気持ち、周囲の環境によってはそうもいかないものだから、この日はとても集中して見れたこと、その意味でも凄く良い日だったな。


あと、黄昏といえば『Twilight Sunset』の風磨くんも凄く好きだった。
そもそも『Twilight Sunset』自体が名曲過ぎるし恋だし、この流れで『make me bright』は愛を乞う切なさが深海まで沈んでいくみたいに苦しいし、こういう思考した形跡とか文脈が読み取れるセトリすごく好きなんだけど。。。これ以上は脱線してしまうのでwそれはさておき。


『Twilight Sunset』の夜に向かって沈みゆく夕陽、黄昏に照らされた風磨くんの横顔から覗く耳たぶがオレンジに染まっているの、1枚の写真みたいで綺麗だった。
札幌2日目夜公演は喉の調子が悪くて、声が出にくかったのもあるかもしれないけれど、いつにも増して辛そうな表情、歌詞も相まって風磨くんは消えてしまいそうで切なくなるし、歌詞と重ね合わせて今ある気持ちも永遠ではないんだよなあと思うと苦しくなって、あの日の公演の『Twilight Sunset』は逼迫していて胸に迫るものがあった。
宮尾俊太郎さんの言うところの「命が削れて、キラキラしたものが見えた」のかも。


それとこの曲の立ち位置が凄く良かった。
4人はそれぞれ少し離れて座っていて、風磨くんはそっぽを向いて、マリウスはあぐらをかいて、勝利は目の前のギターに集中していて、そんな自由な3人をグランドピアノ越しにやさしく見つめるケンティーの表情が印象的だった。
ケンティーはグループでの最年長でフロントマンではあるものの、センターでもリーダーでもまとめ役でもない不思議な存在だけど、生まれも育ちも価値観も違う4人を笑って包み込んでくれるのはきっとケンティーなんだと思うと、すごく良いグループだなあと思って、美しい光景に泣きそうになった。


私はファンになって日も浅いけれど、風磨くんだけに限らず、4人とも去年のツアーから良い意味で変わったなあって今回のツアーで感じてる。
私は変わっていくことを怖いと思ってきたけれど、4人の変わっていくことでさらにきらきらと輝いていく姿を見ていると、Sexy Zoneも歳を重ねて大人になっていくけれど目の前のことに一生懸命取り組んで夢を生きていくなら、私も夢を見ていいのかな?って思えるんだ。


アイドルにこんなにはまるわけがない!と思ってきたから、私史上感情や思考の天変地異が起き続けてて、自分の変化が楽しいよ。

Sexy Zone LIVE TOUR 2019 PAGES

ツアー初日からぽつぽつと参加しています。
今回のツアーは菊池風磨が全面的にプレゼンして作り上げたとのことで、コンセプトやメッセージ性にサマパラを思い出すなあ~と菊池担としてはしみじみと感傷的になったりしています。


ツアーテーマは人生の1ページを切り取る、感情旅行、感傷旅行ということですが、今回主に携わったSexy Zoneは3人東京育ち、1人ドイツ育ちだし、年齢も違うし、私と重なるところなんてないんじゃないかな、共感できないんじゃないかと、ツアーテーマを知ったときは楽しめるか不安が大きかったのですが。。。
特に風磨くんのCocoaは東京育ちではない私にとってそもそも吉祥寺に馴染みもないし懐かしさを感じさせる記号ではないし、どう聴いたらいいのかわからなかった。
でも、ツアーに入ってなるほど!と思ったのです。

私たちの記憶を揺さぶってアジテーションしてから、自分の過去を歌う流れ、膝を打った。
彼の強気さと賢さとさりげなく繋がりを作るところ、菊池風磨の感情的でロジカルでロマンチストなところが垣間見えて最高で、理解した瞬間感動した。
私は菊池風磨表現者として見ているところがあるので表現者でありアイドルである、相反するふたつを楽しんでいる菊池風磨が好きだから、稀有なアイドルを見つけられたことにもう何度目かわからないけど嬉しくて心が震えました。


また、今回のツアーは過去を振り返るだけではなく、生まれ、性別、年齢、過去、経験全てが違ったとしても、誰もが経験するこれからを生きていく自分探しの旅という普遍的なテーマも見える、コアにも楽しめて、本人たちも言っていましたが精神年齢が大人だなと改めて感じました。
もっともっと大人たちがSexy Zoneの公演を見に来るようになったらいいのにな~。


公演内容は、小学生~就職~結婚という『ぎゅっと』で言うところの「普通に就職してだれかと結婚して 普通に帰って普通に眠る」を経て、ごく普通の人生を歩むものの、『CRY』で「もがき続けて探し続ける 確かな自分を」と苦悶して本編が終わる。
そこから面白いと感じたのが、会場のアンコールを求めるSexy Zoneコールで『Sexy Zone』を歌って、「あともうちょっと本当の君でいいじゃん」「何者にならなくてもいい キミはキミだよそうでしょ」と歌う。
なんだか、自分らしさって、生まれてから死ぬまでの一生の中で無限に生まれていくもので、らしさや何者なのかを決めるのは所詮周りの人間に過ぎないんだということを改めて教えられた気がしました。

この後半からのメッセージ性の強さから、希望と未来と愛がキラキラしていてこれからの時代を創るのはSexy Zoneだし、やさしい時代にしような!と思わせてくれるからSexy Zoneは賢くてあたたかくて素敵だと思わせてくれる最高のグループだと再認識できて好きが止まらなかった!


あと、今回のツアーで強く感じたのは5人にとってSexy Zoneというグループが家族のような存在になったのかなと思えたこと。
得てしておたくはグループを家族に見立てがちではあるのですが、今回のツアーを見ていると自然に家族みたいな場所なのかもと思えました。
外では求められる人物でなければ居場所はないけれど、Sexy Zoneというグループ内では5人の居場所がないことはあり得ない。
存在していいと認めてくれる家族のような居場所が今の5人にとってのSexy Zoneというグループなんだろうなと思いました。


最後の待っていることを表現するアニメーションに、表立っては口に出さない4人から松島君への深い愛とSexy Zoneファンに対する愛にも心打たれて、今は寂しいけれどこれも1ページで、次のページには5人で揃った写真になるんだよねと希望も見せてくれて、それぞれ感じたことは違うと思うけれど最後までもが感情旅行でじーんとさせられました。


生きていくことは辛いことも楽しいこともあって、全てが感情旅行。


全てを楽しむ余裕はまだないけれど、私は当たり前に5人が笑い合える日が戻って来ることを待ち続けるよ。

2018年総括

今年のジャニオタ人格(?)の私はすっかりSexy Zoneのファンとして動いた1年でした。
Repeintingツアーも最高に楽しくて美しくて天才的で、ピースフルでした。
独自の世界観を持つ5人がひとつになれることに夢があっていいな。最高のグループだなと改めて感じました。

そして今年のSexy Zone24時間テレビメインパーソナリティとしても活躍し、私も24時間テレビを完走し、募金をし、更には生で観覧できたこと全てが初体験でした。
貴重な体験をさせてもらったし、このタイミングで好きになって、この熱量があったからこそできたことだと思います。


観覧は飽きずに集中して見ることができたしカメラに切り取られたものをテレビ越しに見るのではなくて、全体を生で見ることができたのは興味深い体験でした。
別段何かがあったとかではないですが、私たち視聴者は切り取られた一部しか見てないんだなあと感じたし、テレビに出ている人たち、支えるスタッフの人たちの日々の仕事風景を初めて見たので、思うことはたくさんありました。


そんな2018年の夏は5人をたくさん見ることができた忘れられない暑い夏になりました。
これからも揺るがない信念で突き進んで行ってほしい。
そして色鮮やかな多様性で包み込めるやさしいグループになるといいなあと思っています。


そして、先日発表された松島くんの突発性パニック障害による活動休止のこと。
知ったときは血の気が引いたし、すごくびっくりしたし、今でも松島くんのいないSexy Zoneを見るたびさみしいと思うし5人でひとつなんだと改めて感じています。
チャーミングで多くの人に愛されている松島くんが元気になって戻ってきてくれることを待っています。

 

また、ジャニーズの他現場だとKAT-TUNとキンプリにも行きました。
KAT-TUNは再始動したら見に行こうと決めていたのでケジメとして(重い)。
キンプリはデビューコンを見てみたかったのと、この時代にめちゃくちゃ売れた子たちを一目見たい!というミーハー心で、落選した私を誘ってくれた友人に1つ返事で新幹線飛び乗って行きましたw
正気の沙汰では無いけどおたくはそういうところあるよね??


来年も楽しくおたくをやっていくぞ!
来年もゆるゆるとやっていこうと思います。

 

 

ドロ刑 最終話

ドロ刑が始まった当初はあーおじさん大泥棒エンケン(煙鴉)と新米刑事ケンティー斑目)のBLか~って思ってた。私の出身は二次オタだし腐女子だし脊髄反射
ケンティーも恋愛ものと言っていて、何言ってるの!?ハッおたくを釣るんですねわかります!!バーで酔っぱらって斑目は煙鴉にボディータッチしまくるし甘えまくるし、追う者と追われる者なのにこれは同人か?二次創作か???って感じだった。
ジャニーズにそういう男同士の仲良しイチャチイチャ売りはあるし、ホモが嫌いな女子なんかいません!なんて若干眉唾物な論もあるし、まあこういうドラマがあってもいいんじゃない~?ぐらいのゆるーい見方。
そして何より主題歌のカラクリだらけのテンダネスが最高だし、BGMとマッチしていてかっこいい。それなりに楽しく気楽に見ていた。


そしたら最終回、斑目、煙鴉、斑目のライバル的存在である皇子山と三つ巴で銃を突きつけ合う。おたくが絶対に好きなやつ~~~!と軽率にわくわくしてしまったのだけど、ケンティーの芝居が凄いのだ。

手は震え瞳は苦痛で歪んでいる。思わず見入ってしまう。ケンティーは男でも女でもなく裸の人間になっていると私は感じた。異性愛者だから異性を愛する、同性愛者だから同性を愛する、そんな概念ではなく、理屈ではなくただただケムさんを撃てないのだ。躊逡する様子を説明するようなケムさんとの思い出回想シーンが流れなかったところも良い。
余計な情報抜きに、追う者と追われる者である物語の終着を迎えなければならない今現在、互いに銃を向け対峙している斑目の瞳と息と震えだけから、斑目にとっての煙鴉が刑事と泥棒の関係を越えた特別な存在であることを訴えかけてくる。


めちゃくちゃに凄い。全編シリアスな9話10話はアイドルであるSexy Zoneのケンティーは完全に消失していた。
私が見てきた中でケンティーが演じる男の物語(ガードセンター24、石ノ森章太郎物語等)には見る人を内面に引き込む強さがあると思っていたが、このシーンは更に強く感じさせる場面だった。

病院でケムさんが目を覚ましたときに大粒の涙を目に溜めて片時もケムさんから目を離さないシーンも凄く良い。刑事、恋人、家族、父子、師弟関係でもなく、斑目と煙鴉にしかない唯一無二の関係性が漂っていた。
言葉もなくアップでカメラに抜かれた表情からそんな想像力を掻き立てられるものがあった。


誰にも介入できない関係性って凄くロマンチックじゃないですか?
凄く強靭な関係。

そんなふたりのお茶目な男たちの夢のような関係性がとても美しい最終話でした。

24時間テレビを終えて

24時間テレビを終えた今、私、ジャニーズにここまではまるつもり無かったのになあと思い返している。


私は二次オタ、声オタを長らくしていたんだけど、私は声優がアイドルみたいなことをする姿に違和感を感じてしまって、息苦しくなってジャニーズの世界を覗いて。
当然のことながら、本職のアイドルは本物だなあって感動して。
たまにジャニーズを見ようかなあぐらいの軽い気持ちだったんですよ。


だって、ジャニーズに限らずアイドルやタレント、俳優、表舞台の人にはまりすぎると怖いから。
私は好きの絶頂期にスキャンダルが出てきたらスルー出来る自信がないから・・・。
警察沙汰は擁護しようがないけれど、プライベートや恋愛事は自由だと頭ではわかっているのに、スルー出来ないだろうし・・・。
趣味でファンをしていてしんどくなるのは嫌だし、今まで全く興味がなかった人にドヤ顔で非難されるのは最も不愉快だ。
私は傷ついているファンの人たちを見ていて、大好きが故にそんな風に傷つきたくないと思ってきた。


だから深みにはまらず、浅瀬でジャニーズを見る程度にしていこうと思っていた。
元に、どはまりするほど強く惹かれる要因がなかったし、それでうまく行っていたし、このままゆるーくやっていくんだろうなあって思っていた。
SexyZoneを見つけるまでは。


私はこれまで泥臭くて一生懸命な人が好きだった。
だからそういう人たちが居なさそうなジャニーズにはどまはりしないだろうなと思っていた。
ジャニーズという肩書きを持っていればジャニーズという地位があるし、必死な姿を見せるジャニーズってアイドルとしてダサイしそんな姿見せるジャニーズって居ないでしょと思っていた。
もちろん、影ではみなさん並々ならぬ努力をたくさんされていると思うのですが、SexyZoneのコンサートに入った時にトップアイドルになりたい。こんなアイドルになりたい。と目を輝かせて夢をはっきりと公言しているのを聞いて衝撃を受けました。
とんでもないグループを見つけてしまったのでは!?と思いました。
だってジャニーズでデビューした以上既にアイドルなのだし、レールから外れない限りずっとアイドルで在り続けられるのだから、今更目指すアイドル像を描く必要はないし、一生懸命になる必要なんてないのに、その熱量がどこからくるのか不思議でしかなかった。


少なくとも私にはそんなSexyZoneって風変わりで、そんな熱量が高いグループが進む先の未来がどうなるのかとても気になった。
そして気がついたらその先の未来をこの目で見てみたいと思っていた。
夢を全て叶えて、トップアイドルになってほしいと。
SexyZoneは夢を描いていくグループだった。


そして、自分たちの努力だけでは実現できない、大手ジャニーズ事務所所属とはいえトップアイドルを目指すというとても難しい夢を公言するリスク。
しかも世間では不真面目なキャラクターだと思われているであろう菊池風磨が全国放送の24時間テレビで「5人で頂上の景色を見る」と大きな夢を発言する重み。


時代が変わりつつあるのかなあ。
SexyZoneを見ているとそう感じる。
一生懸命な人を笑ったり、大きな目標や夢を公言する人を無理でしょ。大げさだなあって馬鹿にする。
そんな空気があるから、一生懸命になったり、大きな夢を語る人は少ない。
結果が伴わず失敗に終わったとき恥ずかしいし、誰だって傷つきたくないからだ。


悲しいことだけれど、世の中には色んな人が居るから馬鹿にしてくる人はずっと居ると思う。
それでも、風磨くんも言っていましたが「一生懸命やっていれば見ていてくれる人がいる」から、一生懸命を手放しちゃいけないのだと思う。
一生懸命のレールから降りたら人はそこから先には進めなくなるのだと思う。


私の人生を変えてくれた人はたくさんいる。
それは良い意味でも悪い意味でも私の人生に関わった人全てだと思う。
そして、その中にSexyZoneの5人もいると、24時間テレビを見終えた今強く感じていました。


これからの未来、苦しいことも悲しいことも起きるだろうけど、楽しいことも嬉しいことも分かち合って、そばにいてくれる人たち、そしてこれから出会う人たちと共に進んで行こう。
そんな力と希望をSexyZoneからもらいました。
ありがとう。
愛してるよ。

24時間テレビ41 愛は地球を救う 人生を変えてくれた人

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今年もSexyZoneと過ごした暑い夏になりました。

驚くべきことに2日目の観覧に当選し喜んだものの当日が近づくにつれ、しんどくならないかな?と心配もあったのですが、途中でお手洗いへ抜けたりしつつも飽きずに観覧できました。
観覧はCM中のメンバーと出演者との様子やワイプに抜かれていないメンバーも見られるし、予想以上に見どころがたくさんあって、嘘みたいだけど13時間半が結構あっという間でした。


24時間テレビについては、あくまで番組の内容や広報力としてですが愛で地球を救うにはまだまだ手段と多くの時間が必要だと感じたものの、24時間テレビを通してSexyZoneはさらに美しく気高く強いグループに変わったと感じました。
そして、そんな青くまっすぐに向き合うSexyZoneの姿が誰かを変えるきっかけになっただろうと私は感じました。


番組に対しては、あまり肯定的な意見を持っていないので割愛しますが、24時間テレビのチャリティーグッズを買ったりまとまった額の募金はしました。
よもや私が24時間テレビに張り付いて見て、観覧して、募金までする日が来ようとは・・・自分自身が一番驚きました。
そんな、いつもならあり得ない行動を取ったのは、私がSexyZoneのファンであること。
そして、24時間ほぼ不眠不休で一生懸命に取り組むSexyZoneを無料で見ることなどあってはならない・・・!という私個人の気持ち他なりません。
本来であれば災害や福祉のために募金をする心持であるべきなのでしょうが、チャリティーイベントなので私の気持ちということで募金をすることにしました。
行動で気持ちを表すことは大切なことだと私は思うので!


私が特に番組中、SexyZoneに感銘を受けたのが、最後に人生を変えてくれた人について話した内容で、障がい者、健常者関係なく、その人と出会って心打たれた出来事をそれぞれが話していたことです。
そして、語る中で流したケンティーと勝利くんの涙も、潤んだ風磨くんの涙も自分に向けた涙だったこと。
聡くんとマリウスは素敵な笑顔で未来を描いたこと。
それぞれが自分の言葉でしっかりと話す姿に、一段とSexyZoneが好きになりました。
周りの人を愛し、もっと自分のことを愛せる人になりたいと言うSexyZoneはきらきらと輝いていて素敵でした。
きっと、SexyZoneはこれからも多くの人にとっての「人生を変えてくれた人」になっていくんだろうなあ。と彼らの瞳に未来を想像しました。


それから、嬉しかったことが、風磨くんが「必ず5人で頂上の景色を見て、頂上に行くまでの景色もこの5人で見ていきたいと強く思った」と話していたこと。


そんな私はSexyZone全員が好きだから菊池風磨を好きになれたと思っていて。
菊池風磨だけが好きだったら、きっと私はここまでSexyZoneも菊池風磨も好きにならなかった。
そうやって5人をぎゅっと言葉で抱きしめて5人の夢を語る風磨くんは凄く素敵で輝いていました。


格好つけの風磨くんにとって、今までのイメージと違った一生懸命取り組むダサイ姿を見られることは抵抗があることもあったのかもしれない。
でもそうやって、夢を実現させるために色んな事に挑戦して変わっていく風磨くんは勇気や夢や希望を発信できていると私は思います。
だから、「僕なんか」なんて卑下しないでね。


そして、もちろん全員が個性的で可愛く愛に溢れたSexy Zoneというグループを見つけられて幸せだと感じました。
24時間テレビ最大の収穫はこのことに尽きるかもしれません。


観覧中もたくさん愛をSexyZoneから感じました。

他のSexyZoneメンバーが居なくなり1人になった勝利くんの元に聡くんが戻ってきて、ほっとした表情になり楽しそうに聡くんと喋っていた勝利くん。
積極的に出演者へ話し掛けることもでき、メンバーの様子を見て気使って話しかけるケンティー。
人見知りだけど、疲れていても声を掛けられたら笑顔で話して相手に応じて笑わせたり、真面目な話もできる風磨くん。
出演者の周りを良く見ていて椅子が足りないか確認したり、毎回折り目正しい挨拶をする勝利くん。
聡くんは相手が誰でも等しく一生懸命話を聞いていて、聡くんの周りは笑顔が多いこと。
礼儀正しく相手の目を見て、時には屈んで目線を合わせて話をして、相手の様子に応じて対応を変えられるマリウス。
勝利くんがVTRに涙したとき他のメンバーはCM中も勝利をそっとしておいたこと。
涙が残る勝利くんをさりげなく目立たない立ち位置にしたメンバーたち。
VTR毎にほぼ毎回泣きそうになっては涙を堪えていた風磨くん。
改めてSexyZoneへの愛を再確認し、ありのままの言葉を口にしたケンティー。
USA歌唱中、カメラが回っていない脇でいいねダンスをノリノリで踊る5人。
観覧席に向かって率先して笑顔で手を振ってくれた聡くん、マリウス。
横一列に並んだSexyZoneがVTRを見ていて同じタイミングでそっくりの笑顔で笑った瞬間。
出演者全員が移動し観覧席がおいてけぼりになったとき、マリウスが誰よりも早く気づいて手拍子を求めるジェスチャーをして会場全体が手拍子に包まれ一体感が生まれたこと。
風磨くんが堪え切れず涙を流し止められなくなったとき、マリウスが優しく風磨くんの肩を抱いたこと。等々。


そんなSexyZoneは24時間テレビのメインパーソナリティを務め上げたとはいえ、5人は夢に向かって駆け出したばかり。

最後まで集中力を切らすことなく24時間テレビを真摯に取り組んだ彼らの姿の行く先には、数え切れないほどのたくさんの夢が広がっていると期待に胸が膨らむばかりでした。


最後に。
24時間テレビメインパーソナリティお疲れさまでした!
SexyZone5人でてっぺん目指そうな!!
Sexy時代、創っていこうな!!!

風 is I ?と菊池風磨のアイドル性

私は、私の生きられなかった人生を生きている人に憧れる。
菊池風磨もそのひとりだ。


そもそも、私が女で生まれた時点でまず風磨くんのようないかにも「THE男子」なノリは叶わないことだし、恐らく心も体も女に分類されるであろう私には無い感覚だから、別の生き物に見える。
とはいえ同級生に風磨くんのような男子が居たら怖いし近づかないけどwステージだからこそ、芸能人という別世界の住人だからこそ、眩しく、憧れているのだと思う。


去年の夏は風磨くんに対して「私の生きられなかった人生を生きている人」なんだと再認識した夏だった。
女の子だったらこんな公演になるだろうか?
女には無い感覚だなあって思ったのだ。
仲間との友情や愛情、関係性を女の私はそんな風には描けないと思った。
いくら男女平等とはいえ、男にわからない女の感覚があるように、女にもわからない男の感覚があると私は思っているし、そんな男特有の感性、男の世界というものを去年の風 is I ?からまざまざと感じました。
男の子だなあって感じたし、男の子の世界を少しだけ覗けたようで楽しくもありました。


風磨くんはキラキラ王子様アイドル性はないのだけれど、抜群にアイドル性の高さがある。
それは危うさと儚さだ。
格好つけで乱暴な言葉遣いをすることが多くて少年の様に自由に笑う、その辺に居そうな男の子なんだけれど、格好をつけることに自己犠牲も厭わない本物の格好つけだからヒヤヒヤさせられるし、たまに見せる寂しそうな瞳には、どこかへ消えてしまいそうな儚さがあって目が離せない。
菊池風磨は危うさと儚さのアイドル性が抜群に高いと私は思っている。


だから、開演直後に12歳で風磨が死んだことを宣告され22歳になった風磨が1日だけ甦るというぶっ飛んだ内容も、SexyZoneで風磨がデビューしていなかったら・・・というIFを抜きにしても、菊池風磨がやるからこそ成立した物語性だったと思っています。


私が風 is I ?公演を映像で見直していて、彼の燃え盛る命のほとばしり、命が削れていく様を感じたのは、『リリック』『喜びの歌』。
見る度、私は彼の不完全さと美しさと苦しさに、自然と涙がこぼれてしまうほどに心打たれてしまう。


『リリック』は、若さの爆発。
伝えたいのに全てを伝えきれないもどかしさと、悲痛な歌声が苦しい。
「明日も君に会えると願う 人はそれを愛と呼ぶのかな」
ストレートに愛を表現しないところがぴったりと風磨と重って見える。

続く『喜びの歌』では、「愛してる」なんて柄にもない言葉を繰り返す姿が、観念したようで、諦めたようで、悟ったようでこの上なく寂しい。

最後は穏やかに仲間へ自分にはない「明日」を贈り、自分のことは忘れてくれって最後の最後に格好つける。
かと思えば、再びアンコールで名前を呼ばれて出てくるときはお祭りみたいに騒いでいる。


本当に本当に風磨くんは男の子だ。
清々しいほどにまで男の子だ。
本当に眩しい。
生意気で、格好つけで、何となくいけすかないと思っていたのに、情に厚い義理堅さ、信じた道を貫く強さと危うさ、寂しそうに揺れる瞳や、少年の様な人懐っこい笑顔に気づいたら可愛く思えている。

そんな女の子が描いたかのような「男の子」性があるから風磨くんはアイドルなんだろうな。