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きままなアラカルト

君に決めた!だいたいちょろい兼任おたくのジャニーズ現場散見録

KAT-TUN田口淳之介

田口さんを好きになったことから始めたこのブログだったので、私の中の区切りとして今回KAT-TUN田口淳之介さんについて最後の記事を書いておこうと思います。


2016年3月31日、私が初めて追いかけたいと思ったジャニーズアイドル田口淳之介ジャニーズ事務所を退所した。
デビュー組の退所はよほどの違反に触れない限り、ほぼありえないものだと思ってきたからまさに寝耳に水。
発表された日のことはよく覚えている。


グループの節目と自分の節目を天秤にかけて、自分を選んだ田口さんに対してKAT-TUN内の他担の人たち、グループ担の間で当然田口さんへのバッシングは多くて、なんなら退所した今でも絶えなくて。
よく周りが見えていることを自分でわかっていた人だったからこそ、見えていないこともあったのかな、それともそれら全てを飲み込んだ上での決断だったのか、私にはわからないけれど、どちらにせよ、個人を優先するという団体のグループ活動において身勝手な決断を下したのだから、全体を見渡して考えると、バッシングを受けるのは仕方のないことだと私は思っていました。
けれど、そんなバッシング内容に頭では理解できる部分もあったけれど、それでも私は頭では理解しきれない、心の片隅に好きな気持ちがあったから、いつも最後には外に向けた怒りのエネルギーよりも、内に向いた悲しみに行き着いていました。


だから、どうせ辞めてしまうならめちゃくちゃ口が悪くなって、笑顔なんか見せなくて、ぶくぶくに太って、醜くなって、大嫌いになってしまいたいってやけっぱちに思ったりもしてきた。


けど、当たり前に最後までKAT-TUN田口淳之介KAT-TUN田口淳之介でした。
私が知っている、見てきた田口さんはほんの少ししかないけれど、最後まで私が好きだった田口淳之介でした。


そして、最後まで愛されている人でした。
4人体制のKAT-TUNとして最後にテレビ出演をしたMステで涙を見せた上田くん、中丸さんも泣きそうになっていて、亀梨さんは泣くまいと前を見据えていて。
涙の似合わないKAT-TUNがこんなにかき乱されてしまうくらいに田口さんは愛されていたんだと思うと嬉しくもなったけれど、こんな形で田口さんが愛されていることを再確認したくはなかった。
こんな日なんて来なくてよかった。

かえって彼らの田口さんへの愛を思うと、情でも止められなかった現実が悲しくて、田口さんのばかって言いたくなった。


そんな私は、田口さんの脱退が決まってからテレビで田口さんを見るにつけ、怒りと悲しみと大好きという気持ちでもやもやして、田口さんについてどうしたらいいのかわからずに立ち止まっていました。
・・・私が何をどうしたって何も変わらないんだけど、わからないままにあやふやにしてきました。
でも、それも終わりにしようと思います。


私が今こうして自ら積極的に色々なジャニーズ現場に行くようになったのも、ジャニーズを好きになったのも、田口さんを見つけたことがきっかけで広がった世界のひとつ。
新しい景色を知って、たくさんのドキドキとわくわくを知って。
そして、最後に全てのことに当たり前のことなんてないということを田口さんから教わった気がします。


私はすぐに忘れてしまう。
アイドルも田口さんも1人の人間だから、自分の人生と向き合って悩んで、自分の道を選ぶ権利があるということ。
私達ファンの存在は影響を与えられたとしても、直接的な力はないということ。
夢を終わらせることは、ファンがファンを辞めるときだけではなく、夢を見せてくれるアイドルにも等しくある権利だってこと。


私は自分がファンをやめない限り夢に終わりはないものと当然のように思ってきたから、田口さんが辞めることで続きが絶たれたことに失望していたけれど、私の中にあったこの当然は当然ではなかったんだと気づかされました。
当然だと思っていた自分を恥ずかしくさえ思いました。


たくさんたくさん考えさせられました。
さほど熱心なファンではなかった私だけれど、田口さんは私の中で大きな存在だったみたいです。
ベタだけど、失って初めて気づくなんとやら、です。


そして最後に、何が真実なのか、何が真意かなんて私にはわからないから、シンプルに私は私の感情だけを信じて辿りついた答えでKAT-TUN田口淳之介の物語にピリオドを打とうと思います。
私はKAT-TUN田口淳之介が大好きだったということ。
今はこの事実だけで十分。


これからの田口淳之介を私は好きになれるかはわからないけれど、田口さんが新しく選んだ道でいつかまた出会えるといいな。


最後まで大好きだったよ!